巡廻はサブカルを語りたい

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趣味に全投資する人の雑記帳

自信をつける簡単な方法

自信がないことに悩む人は多い。
この「自信」というものは非常に厄介で、持っている人間とそうでない者との間には大きなクレバスができてしまう。
自信は行動に差が出る要因であり、無い人間は何も出来ず立ち尽くす日々を送ることになってしまう。
それによって、ある人とない人の間には差がどんどんと広がってしまうのだ。
自信はあればあるだけ得だ。
何にせよ、無いよりもあったほうがいいだろう。
では、そんな自信は果たしてどこからやってくるのだろうか。
それを得るためにはどうしたらいいのだろうか。
今回の記事ではそれらについて考えていきたいと思う。
最初に結論を言っておくと、自信は「小さな成功体験の積み重ね」からしか生まれない。
0ではどうしようもないのだ。
だから「とりあえず行動する」しか方法はなかったりする。
いや自信がないからそもそも行動できないのでは・・・・・・と思う人もぜひ最後まで読んでほしい。

自信は降って湧くものではない

道端の石のように、自信はどこかに放置してあるものではない。
それが生まれる場所は間違いなく自分の中であり、そして、気がついたら入手できるようなものではない。
段階を踏み、努力し、そしてようやく得られるアイテムだ。
何もせずとも自信を手に入れられるのなら楽だろう。
しかし、仮にそうやって得られた自信は、きっとまがい物だ。
私の好きな言葉に次のものがある。
「今日の努力で明日が変わっても、きっと明後日はいつもどおりだろう」。
習慣でもそうだが、今した努力ですぐ現状が変わるなんて有り得ない。
もし変わったとしても、それはすぐに瓦解してしまう。
少しの努力で得た成果なんてすぐ意味をなくしてしまうのだ。
自信も同じだ。
世の中には「どうしてこの人はいつも前向きになれるんだろう」「どうしてこの人は何をやるにしても自信があるんだろう」「どうしてこの人は折れないんだろう」と思えるような超人たちがいる。
彼らはファストシングの自信を持っているのだろうか?
間違いなく、違うはずだ。
何度も失敗し、何度も挑戦し、そして長い時間をかけてようやく成功を得た・・・・・・それが今の自信につながっているはずだ。
つまり、即席のものではなく膨大な期間を経て、ようやく強固な自信が成り立ったのだろう。
かの有名な作曲家であるモーツァルト
何を書いても名曲ばかりという印象が強いが、実は、まともに評価された曲が初めて書けたのは彼が作曲を始めてから10年以上経過した頃だ。
伝説的な活躍を果たし、歴史に名を残したビートルズ
彼らは他の人たちとは比べ物にならない膨大な下積み期間を経て、ようやくあのレベルにまでなった。
つまり、確かな自信を身につけるには時間がかかるということだ。
そこに個人差は特に無い。

大小問わず「成功体験」を積み重ねろ

では、自信をどうやって身につけるか、の話に入ろう。
方法としては非常に単純で、「簡単な成功体験をいくつも積み重ねる」に尽きる。
これが最も楽で、最も効果があり、最もコスパの良い方法だと思っている。
なんでも良い。本当になんでも良い。
なんでも良いから達成してみる。そして実感を得る。
これの繰り返しで自信はみるみるうちについていく。
少し勉強の話をしよう。
私は過去に塾講師として働いていたことがあり、そして、特定の教科(多かったのが数学)が苦手な子の指導をよくしていた。
彼らは一様に「できない」と言うのだが、結局は出来るようになって受験に成功したりなんだりという結末をたどることが多かった。
では、私は何をしたのか?
そこに劇的なメソッドはなにもない。
ただ簡単な問題を解かせただけだ。
それだけ? と思う方も多いだろう。でもこれだけだ。
特に難しいことをさせた覚えはない。
できないと言う子たちの状況に例外は無い。
分からないからできない。
そして、できないとつまらない。
つまらないからやりたくない。
単純だが、これは子どもに限らず大人だってそうだろう。
ならば、分かるようにすればいい、出来るようになればいい。
それだけの話だ。
そもそも、分からないことを放置したまま進めるから連鎖的に理解が追いつかなくなる。
ならば、立ち戻って「できないことを潰す」のが一番手っ取り早い。
転んでしまったのなら、その転んだ要因を見つける。
遠回りに見えるかもしれないが、これが一番効率的だ。
分かれば出来るようになる。
出来るようになれば楽しくなる。
楽しいと意識が前を向く。
すると説明がスッと頭に入り、自発的に行動を始める。
簡単な問題をいくつも解く、というのがつまりは「成功体験を積み重ねる」ことだ。
実際に解けているという実感こそが「数学なんて簡単だ」という自信につながる。
ただ教える側が「できるよ! やれるよ!」なんて言っても効果は薄い。
本人が実感できる成果を示さなければ自信なんてつかない。
実感できる成果。
これを多く得られれば勝手に自信は付く。
キーワードは「成功体験の積み重ね」だ。

軽い負荷だけでは意味がない

とは言え、上記はあくまでスタートダッシュの話だ。
エンジンに火をつける程度の効果しかない。
フィジカルを鍛えたりするのにも共通することだが、軽い負荷だけでは少し物足りない。
脳は常に刺激を求めているものだ。
そのため、すでに出来ることを繰り返しても効果は薄くなるだけで、むしろ害になりえることさえある。
というわけで、負荷を段階的に上げていくことが大切だ。
この調整というのが難しく、心が折れやすい人はコレがかなり雑なことが多い。
足し算が出来た! よしじゃあ次は三次関数だ! ダメだできない俺はゴミ以下だ・・・・・・。
みたいな人は割といる。
過去の私だ。
そんなに一気にハードルを上げる必要はない。
「少し頑張ったらできそうなこと」を設定し、挑戦することが大切。
もし、設定したハードルがキツそうだったらすぐに難易度を下げればいいだけだ。
今の自分が少し頑張ったらできそうだな、ということをこなせると、自信はかなりつく。
本記事では特に言及しないが、筋トレも同じ要領で効果が倍増する。
ポイントは「レベルが高すぎず、低すぎずの難易度調整」だ。

ニンテンドーラボのデザインの秀逸さ

Nintendo Labo」とは、任天堂が2018年4月20日に発売したNintendo Switch用ゲームソフトとペーパークラフトのセットのことだ。
画面の説明に沿って実際に段ボールを組み立てていく、少し変わったゲームなのだが、これが非常に良く出来ている。
仮に自分に子どもがいるのならば絶対に買うだろう。
どこが秀逸かというと、まさしく前述した「成功体験」を確かな実感と共に得られる設計になっているのだ。
画面に表示されるアナウンスに応じて設計し、出来上がるのは立派なペーパークラフト
もちろん、作った後はそれで遊ぶことが出来る。
子どもは、自分の手で自分が遊べるものを作ることが出来たと実感するのだ。
実際に手を動かし、「自分の手で完成させることができた」と思える。
これも立派な成功体験だ。
「できた!」と思えた経験は非常に大切だ。
1つでも成功体験があるならそれで良いとすら言える。
1つでもあるなら、何やっても成功するのだ。

成功した人はその後も成功する

何かの分野で功を成した人物は他の分野で活動しても大丈夫な場合が多い。
これはひとえに「どうせ出来ることが分かっている」からだ。
今までの成功体験を反芻し、どうすればいいのかが導き出せる。
そして仮に躓いたとしても、過去に照らし合わせて前向きな反省が出来る。
「成功したことがある」という事実が、絶対的な自信を後押しするのだ。
しかし逆に、一度も成功したことがなく、なんでも途中で諦めてしまう人の場合、こうはいかない。
「どうせダメだ」と思い、何も成し遂げられず、果てには挑戦すらしなくなる。
いわゆる学習性無気力に陥ってしまう。
だからこそ、ベイビーステップ
小さな段差をいくつも登ることが大切なのだ。
最初からトップを目指さなくていい。
少しずつ進むことが大切なのだ。

達成ノートのすすめ

習慣として日記をつけている人がいるかも知れないが、あれは非常に良い行いだと私は思っている。
しかし、その使い方によっては毒になり得る。
もし、それが1日の後悔とか愚痴など、後で見返して明るい気持ちにならない内容が記載されているのならやらないほうがいい。
個人的に推奨したいのは日記と達成ノートのハイブリッドだ。
日記の部分には客観的事実だけを書き込む。
ここで主観を入れてはならない。
そして達成ノートには「得た知識」「できるようになったこと」など、昨日の自分より進歩したことを書き込む。
多ければ多いほどいいが、別に少なくとも問題ない。
そして何より、どんなことでもいい。
1週間毎に振り返り、達成ノートが満たされているのならばあなたは無常の自信がつくことだろう。
さて、この習慣のミソは、「記録するんだから意地でも何か書くことを作ってやろう」と躍起になって行動することだ。
ある日ふと達成ノートを見返し、ここ2週間ぐらいが空白だとしたらどうだろう。
おそらく、自分に嫌気が差すだろう。
そして「もうなんでもいいから書いたれ!」と思いたち、遮二無二行動するはずだ。
自信がなくとも行動してしまう仕組みがすでにできている。
ここで記事の最初を見てほしい。
つまり、そういうことだ。

さいごに

「できなかったこと」は忘れていい。
「できたこと」だけをメモし、誰かに伝え、意識する。
そうしていれば自信は勝手に強固になる。
1つ成功すれば、ドミノ倒し的になんだってできる。
そもそも他の人間にできて自分にできないことなんてなにもない。
・・・・・・まあ、限度はあるけどね。

【書評】読書という荒野/「何かを目指す者は『地獄』と『悪夢』を身をもって生きたらいい」

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久々に「すごい本を読んだな」と、思わず唸ってしまうものに出会えた。

見城徹著『読書という荒野』だ。

私は読書についての本が割と好きで、様々な著者のものをよく読んでいた。

しかし、どれも内容は似たようなものばかりで少し飽きていたのも事実。

「読書の効果がどうのこうの」「読書はこんなことが云々」、誰が書いてもだいたいは同じ内容であるがゆえ、なんというか、食傷気味だった。

そこで手にした本書。

これは少し今まで読んだものとは雰囲気が違った。

著者の狂気というか圧というか、そういったものを強く感じる1冊だった。

読んでて楽しくはない

だが、面白い

人間の進歩に必要なもの

見城氏は、自己検証・自己嫌悪・自己否定がなければ人は成長しない、と言う。

現状に安住しているだけでは生きている価値がないとも強く思っているらしい。

生来、強いコンプレックスがある人なのだろう。

過去回想にて見城氏が強い劣等感を抱いていたことが語られるが、そこからの脱却を踏まえて前述した人生観が生まれたのだと推測できる。

私も似たような人生観は持っている。

止まったら落ちるだけ、昨日よりも前へ進まないと同じ場所にすら立っていられないと思っている。

自分を嫌い、否定し、さらにより良く生きようとすることでしか真っ当になれないという強い強迫観念に似たようなものがある。

心理学用語にて「ユニコーンの角」という言葉がある。

これは、「絶対にたどり着けない理想の自分に向かおうとする」ことを指すものだ。

私たちは根本に「なりたい自分」を抱えている。

しかしそれは追い求めれば追い求めるほど遠くに霞んでしまう。

じゃあそれが無駄かと言うとそうではなく、届かない理想があるからこそ私たちは今を頑張れるのではということだ。

届かない自分に近づくためにやることは自分を分析し、研鑽すること。

その方法こそが前述した「自己検証・自己嫌悪・自己否定」だろう。

左翼に傾倒しなかった人間は脆い

読書体験を重ねた人は、必然的に一度は左翼思想に傾倒すると私は考える。人間や社会に対する理想が純化され、現実が汚れて見えて仕方なくなるからだ」

冒頭にて語られるこの言葉にかなり同意してしまった。

そうなのだ、多くを知れば知るほど「世の中ってダメだな」と思ってしまう。

ダメだなと思い、そして行動するほどの力はないにせよ、しかし強い左翼的思想を抱く。

のちに中庸に近づき、達観した思考に落ち着く。

一度は理想を抱く、そして現実を知り、また一歩前へ進む。

これは「戻った」のではなく、それも踏まえて前に進めたということだ。

この経験を見城氏は「大人になる、現実世界を生きること」だと述べる。

最初から無理だと理想を捨てて現実的に生きる人間に厚みはない。

確かにそうかもしれない。

壁にぶつかった経験がある人間と、そうでない人間とでは何かが異なるのだろう。

読書は量じゃなく、その質

私は常々、「精読より多読」だと考えている。

量は質を兼ねる、とも。

1冊の本を何度も読み返すことに意義は感じないため、同じ本を読み返すことは基本的にない。

もちろんこれは流し読みや斜め読みでいいというわけではなく、行間紙背に徹しつつ、なるべくの量を読んだほうがいいということだ。

これについて見城氏は「情報の断片を積み重ねるより、そこから何を感じたかのほうが重要だ。情報の断片は検索すれば、簡単に手に入るではないか。『速読して年間に500冊読んだ』という類の話は本当にくだらない」と語る。

この後に、ビジネス書や実用書の結論だけを飲み込むのは違う、という主張も展開する。

読書を単なる知識の伝達と捉えるかどうかでこの発言の賛否は分かれるだろう。

私は比較的、見城氏の思いに近く「読書は著者との対話」と考えている。

自分に確かな軸があり、その上で自分と異なる意見を持つ人間と対話する。

読書は受け身の行為だと捉えている人も多いが、本来は能動的なものだ。

著者が今までの人生で得た苦難などが文字にコンバートされ、量を成したものが本。

それを単なる知識の伝達として処理するにはあまりにももったいない。

追体験をし、深く咀嚼してこそ意味があるのだろう。

消化しただけの読書に意味はない、という主張にも同意。

そんなあっさり消化できる本が果たして糧になっているのかは怪しいところだ。

「理想」という過酷な道

P68にて「駒鳥は巣立ちして間もなく林の中を水平に一直線に飛翔するという。そして、多くの若い駒鳥が樹木に衝突して地に落ちる」と引用がされる。

理想とはそう簡単に成し遂げられないからこそ理想なのだ。

真っ直ぐに生きようと理想を目指す人々は壁にぶつかり、その命を閉じる

見城氏は自分を顧み「生き残ってしまった者の役割として、この世の中の醜さを、自分の出世や台頭で証明するしかない」と語る。

ここにも彼の自己嫌悪の性が垣間見える。

理想を追い求めたが、途中で逸れてしまった。

だから今生き残っている。

しかし、それによって自分への嫌悪感が付随している。

日々を悩み、次を生きようともがく。

どこまで行っても彼の原動力にあるのは「負」なのだろう。

つくづく迫真の鬼気迫る何かを常に感じられる内容だ。

圧倒的な努力

努力は、圧倒的になって初めて意味がある」。

本当にそのとおりだ。

見城氏は血の小便が出るほど働いた過去があるらしいが、そういったことをしていたからこそ今の地位がある。

努力というのはいささか過大評価されがちなものだ。

「努力は報われる」という優しい言葉もある。

しかし、それは本当だろうか。

努力している人間はどこにだっている。

そして、誰もが成功しているわけじゃない、報われているわけじゃない。

誰かと同じ量の努力は、努力とは言えない。

成功するまで、報われるまでした努力こそが、初めて努力と呼べるのだろう。

フルコミットし、「ここまでやって成果が出なかったら逆にすごい」と思えるぐらいの努力でないと意味はない。

文字通り、血の滲むような努力をした本人が言うのだから重みがある。

夢や希望など豚に食われろ

ここは最高に痛快だった。

「結果が一つも出ていないで語るそんな言葉は豚の餌にでもなればいい」。

誰も過程など見てくれない。

結果しか見られないのだ。

しかし見城氏は単にそういったことを語る連中を嫌っているわけではない。

成功や夢、希望・・・・・・そう語るのは自由ではあるが、しかし、それをどう捉えているのか、分かっている人間はあまりに少ないという。

「『君は成功をどういう概念で捉えているのか。何が成功なのか、君の言葉でちゃんと説明してごらん』と言うと、大抵の人は応えられない」。

からしゃべるな、というわけではない。

そういった人々はまだ思考の言葉を持っていないだけだ。

だからこそ、その言葉を読書で手に入れろ、と見城氏は語る。

総評

最初に述べたとおり、「読んでて楽しくはない。だが面白い」というのがこの本に対する基本的な感想だ。

生暖かいハウツー読書本に辟易としている人はぜひ読んでほしい。

血の臭いがする読書論を味わおう。

【レビュー・クリア感想】The Last of Us(ラストオブアス)/旅の果て、私たちの終わり

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だいぶ前にクリアした『The Last of Us』(以下ラスアス)をもう一度クリアした。

既プレイということで2周目は最高難易度のグラウンドモードでプレイ。

今回はそれの感想記事。

ゲームとして面白かったのはもちろんのこと、そのストーリーに改めて心奪われたので、その思いをここに書き残しておきたい。

気になった部分についてダラ書きしていくだけなので、話すことの時系列などがおかしいのは気にしないでほしい。

最初に言ってしまおう、ラスアスは最高だ、と。

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ブログを1000記事読んでわかった「読まれる記事」と「読まれない記事」の差

何にせよまずは真似ることが大切だという。

相手を知れば百戦危うからず、なんて言葉もある。

私は自分のブログをいいこと成長させたい一心で、とりあえず、様々なブログで1000記事ほど読んできた

そんなこんなで能動的に読みつつ得た知見、「読まれるブログと読まれないブログの差」について述べていきたいと思う。

特化ブログは読まれて当然なため、今回は雑記ブログにフォーカスを当てた。

記事の改善につながる情報が見つかれば幸いだ。

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ブロガーがサラリーマンを貶す構図、ものすごくダサい

親の仇のようにサラリーマンを貶すブロガーがいる。

もちろん、全員がそういうわけではない。

一部の人間だけだ。

何が気に食わないのか、彼らは事あるごとに「サラリーマンは社会の歯車」だの「サラリーマンはただの奴隷」だのと言いたい放題。

言っていることが正確かどうかはともかくとして、その言動はなんというか、ブロガーとして生きるための「自己正当化」をひしひしと感じる。

しかしまあ、炎上で少しでも売名になればと思っているのかわからないが、だからといってなんでこんなサラダ油を頭から被るような乱雑な方法をとってしまうのかが分からない。

別に、小学校の無能教師よろしく「みんな仲良くしよう! 悪口はやめよう!」なんて言うつもりはない。

ただただ不思議なのだ。

どうして彼らはそこまでしてサラリーマンを叩きたがるのか。

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個人的に好きなマンガ傑作選

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(2018/11/7 加筆修正)

昔に比べて読まなくなったとは言え、それでも結構読んでます、漫画。

冊数が多くなってくると蔵書整理がウルトラ面倒なんですが、それでも買っちゃう魔のコンテンツ・・・・・・。

本棚から溢れちゃうんですけど!(溢れてる)。

さて、今回の記事では、今まで読んできた中で特におすすめしたい漫画を20タイトルほど列挙したいと思います。

割と新しいタイトルが多め。

ドラえもん』とか『火の鳥』みたいなレジェンドは除外しました。

そういうのを入れてたらキリがないので。

当初は200タイトルぐらい紹介しようと思ったんですが、えげつない長さの記事になってしまったので泣く泣くカット

そんなわけで珠玉の作品一覧です。読め

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ブログを短時間で書く方法

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思うように上手く、早くブログが書けない人というのは意外に多いんじゃないだろうか。

あるいは、早く書き上げられたはいいものの、論理構成などがガタガタで、とても見るに堪えなかったり・・・・・・。

書きたいことがあるのに上手く書けない」というのは非常にもどかしいものだ。

自分の言いたいことが上手く伝わってない」というのもモヤモヤする。

基本的に、そういった事態に陥るのは本人の文章力ではなく、そのやり方に問題があるといえる。

今回の記事では、ブログをサクサクと書けるようにするための方法を提案したいと思う。

そこまで難解なわけではなく、かつ他のことにも転化して使えるため、参考になれば嬉しい。

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英語を勉強する前に読む記事

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本記事では、本格的に英語を勉強する前に押さえておきたいことについて話します。

「とりあえずやればいいんでしょ?」

と思っているそこのあなた、はいストップ。

いきあたりばったりだとたいてい続かないです。

まずは改めて考えてみよう、「なんで英語を勉強するのか」。

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ロックマンエグゼとかいう永遠の名作について語りたい

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その昔、ロックマンエグゼというゲームがありました。

ゲームボーイアドバンスGBA)のローンチタイトル(ハード発売と同時に出るソフト)として出たこの作品は異常に完成度が高く、いまだにやってるプレイヤーがいるほど。

ロックマンと言えば個人的にはエグゼ

人によっては無印やらエックスやらゼロやら流星やらと思うかもしれませんが、私はエグゼを想起します。

全作品、スピンオフも含めやり込みました。

攻略本やら漫画も集めて、赤本より読み込みましたね・・・・・・なつかC。

今回はそんな想い出深い作品、ロックマンエグゼについて語っていこうと思います。

ちなみに、記載内容はかなりの主観で語られています

ああ、そんなのあったねえと懐かしみたい人は以下をどうぞ。

リメイクしねーかなー、いやホントに。

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ブログを1か月ほど更新してみたので、それの感想や気付いたことなど

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面白そうだし、とりあえずやってみるかなと思って始めたブログ活動。

気がついたら1か月ちょいが経過していました。

今回の記事では、ここまでの振り返りをしたり、得たものなどをまとめてみます。 

しばらく経ってからこの記事を見返した時に、「ああ、そんな気持ちもあったな」みたいに感じられればいいかなと。

自分のブログを長く運営している人は「あ、まだその程度のレベルなのね・・・・・・」といった気持ちで読んで、どうぞ。

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アサシンクリードシリーズのおすすめ/何からやればいいんだって人向けの記事

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(2018/10/25 加筆修正)

暗殺者になりきって街に溶け込み、標的を暗殺する。

街中のランドマークに登って、辺りを一望する。

激ムズアスレチックに挑んで、心が折れる

そんな感じのゲーム、アサシンクリード

今回の記事では、気がつけば色々と種類が出てしまっていたこのシリーズについて、まとめてみたいと思います。

新規にとっては何からはじめたら良いのかわからない・・・・・・わかるわかるその気持ち(タメ口)。

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ゲームに飽きてきた人向けの指南書/単なる消費からの脱却

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(2018/10/26 加筆修正)

昔はアホみたいに1つのゲームを熱中できたのに、気がつけば、やっては飽き、やっては飽きで、心の底から楽しめたゲームと言えばそんなのいつのことだろう・・・・・・と思う人は割といるらしい。

心から楽しめる、というのはある意味難しいことでもあるようで、スレて行く中でそんな気持ちを忘れてしまったようだ。

今回の記事では「ただやる」ゲームから少し脱却し、改めて、楽しむ方法を提案したいと思う。

もとから楽しんでいる人にとっては「そんなことわざわざ言われなくても・・・・・・」という感じだろう。

しかし、以下を読むことで新たな発見もあるかもしれない。

どうせネットが発達している世の中なんだし、1人でほそぼそとやるのもいいが、ワイドに楽しむのもありだと私は思う。

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一度は一人暮らしを経験すべき理由

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(2018/10/26 加筆修正)

あなたは今、どういう暮らしを送っていますか?

家庭の事情で高校生の頃から一人暮らしの人もいれば、はたまた、大学生になっても、あるいは社会人になっても実家暮らしの人がいる。

データによると、実家暮らしの人はじわじわと増えているそうだ。

もちろん、経済的事情で一人暮らしが困難な人もいるだろう。

長引く不況による影響で、軽々しく上京させられる裕福な家庭ばかりではないだろう。

それならば、お金のかからないように実家から通ったりするのも選択肢としては非常に合理的だ。

しかし、それであっても私は「絶対に一人暮らしをするべきだ」と声を大にして言いたい。

一人暮らしは辛いし、めんどくさい。金も、ストレスもかかる。

だが、経験した人とそうでない人とではれっきとした人間性の差が出てしまう

断言する。

二度と実家に帰ってはならない、すべてを一人でやらなければならない・・・・・・そう言いたいわけではない。

辛かったらやめればいい。ただ、一度は経験すべきことだと、私は思うのだ

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ドキドキ文芸部/Doki Doki Literature Club! を未プレイ向けにおすすめしたい【ネタバレ無】

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(2018/10/27 加筆修正)

『ドキドキ文芸部』です。DDLC。正式名称は『Doki Doki Literature Club!』。

タイトルに有る「Doki Doki」をそのまま「ドキドキ」って訳しちゃうセンスがヤバい(褒めてる)。

一応ここでの表記はDDLCに統一します。

「ドキドキ文芸部」はあくまで非公式翻訳なので。

控えめに言わずとも最高だった

今年(2018年)にプレイしたゲームでもトップクラスに面白かった

あと身体が痛い。腰のあたりが特に。

驚きすぎて転んだんですね、プレイ中(アホ)。

で、例によってプレイ感想なんですが今回はネタバレ少なめで行きます。

未プレイ向けに配慮した感じで。

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個人的におすすめのアニメ(劇場含め)傑作選

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(2018/11/7 加筆修正)

「アニメなんてオタクが見るもんだろキッショ」とか思っていた時代を懐かしく感じるこの頃。

当時の私からすると、今の私は一体どう映るんだろうか・・・・・・。

さて、今回の記事ではタイトルそのまま、個人的に好きなアニメを紹介したいと思います。

アニメ好きとは言うものの、今までそんなに多くを見てきたわけでもないので、数はコンパクトに。

紹介数が多すぎてもアレですし。

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